+〔le clignotement d’un chat〕―猫の瞬き+
2005年11月2日 物語小さな楽譜屋。
主人は細い指先でチェロを磨き、調弦している。
細身で小柄な優男の彼は、どちらかといえばチェロに支えられているという感じだ。
ふと、顔を上げる。
彼は気配を感じるのが人一倍早い。
その上、金枠のついた厚い木扉の前を通っただけで察することができる。
つまり、人が来ないのだ。
下り坂の途中にある彼の店は、颯爽と滑っていく自転車や駆け降りて笑う子供たちの眼には一瞬しか映らない。
〔le clignotement d’un chat〕―猫の瞬き、という長い長いフランス語の店名にしたのはこのためだ。
猫背の店主は溜息を吐いて、とんとん、と腰を叩く。
姿勢が悪い為、まだそんなに誕生日を数えていない彼も腰が痛む。
*お客様が来ないのも、腰が痛いのもどうでもいい。あいつはドコにいったのだ。
ピアノの弾き語りでポピュラーな父親の小遣いで、細々となら生活していける。それにこれ以上の生活は望まない。と彼は強がる。
一度消えていた気配が(彼には気配の個人差がわかる)、また戻ってきた。
恐らくノブに手を掛けたところだ。
シャル、リラ、レラ…
不規則でまるで星屑の様な鈴の音がなる。
枠ぎりぎりの所に、みつ編みの、ちょっと懐かしい風貌のセーラー服の少女が立っていた。
泥だらけの痩せた猫で店内を汚すまい。と考えたらしい。
その場で店主に声をかけた。
*お仕事中すみません、あのここら辺で猫を飼っているお家をご存知ないですか
にこやかに彼女の顔に視線を向けた後、俯いてまたチェロを調弦していた店主は、その声を聞いたとたん、パシッとでも音がしそうな勢いで顔を上げた。
*セロっ
チェロの弓を放り投げて、少女に抱かれていた美しいアンバー色の猫を抱き上げた。
*ありがとうっ
涙目で、少女に礼を言う。さっきまでの寡黙なイメェジはドコへやらだ。
*よかった。チェロ弾きさんの猫君だったんですね
そう言って柔らかに微笑む。
名乗る程のことはしていない。としきりに手を振る彼女だったが、店主の笑顔に圧され、*蒼翠璽 諷_sousuizi fooと名乗った。
セロ(もちろんチェロが名の由来だ)は店主の手で美しく磨かれ、特上(=セロの好物)のハマチの刺身がたっぷり振舞われた。これでスマートな体形を維持しているのだからすごい。
ひとつ楽譜をプレゼントすると言われ、蒼翠璽嬢は歌曲の楽譜を見比べている。
暫くして、なんとなく彼女に合わぬ様な合う様な熱情的な愛の歌の楽譜をカウンター代わりの椅子に置いた。
コインを数えて渡すと、後ろにいたお客様を気にしながら店主はそれを上手く楽譜のファイルの間に挾んで返した。
躊躇する少女に無言で笑顔を向けると、彼は次の御客様の対応に移る。アンティークの価値があるのではないかという、細工の細かな燻したような金色のレジが鳴った。
少女は振り向き様に、セロが瞬きをした様な気がした。
*le rideau est descendu*―閉幕
※フランス語翻訳では、ワールドリンゴ様の機械翻訳にお世話になりました。
主人は細い指先でチェロを磨き、調弦している。
細身で小柄な優男の彼は、どちらかといえばチェロに支えられているという感じだ。
ふと、顔を上げる。
彼は気配を感じるのが人一倍早い。
その上、金枠のついた厚い木扉の前を通っただけで察することができる。
つまり、人が来ないのだ。
下り坂の途中にある彼の店は、颯爽と滑っていく自転車や駆け降りて笑う子供たちの眼には一瞬しか映らない。
〔le clignotement d’un chat〕―猫の瞬き、という長い長いフランス語の店名にしたのはこのためだ。
猫背の店主は溜息を吐いて、とんとん、と腰を叩く。
姿勢が悪い為、まだそんなに誕生日を数えていない彼も腰が痛む。
*お客様が来ないのも、腰が痛いのもどうでもいい。あいつはドコにいったのだ。
ピアノの弾き語りでポピュラーな父親の小遣いで、細々となら生活していける。それにこれ以上の生活は望まない。と彼は強がる。
一度消えていた気配が(彼には気配の個人差がわかる)、また戻ってきた。
恐らくノブに手を掛けたところだ。
シャル、リラ、レラ…
不規則でまるで星屑の様な鈴の音がなる。
枠ぎりぎりの所に、みつ編みの、ちょっと懐かしい風貌のセーラー服の少女が立っていた。
泥だらけの痩せた猫で店内を汚すまい。と考えたらしい。
その場で店主に声をかけた。
*お仕事中すみません、あのここら辺で猫を飼っているお家をご存知ないですか
にこやかに彼女の顔に視線を向けた後、俯いてまたチェロを調弦していた店主は、その声を聞いたとたん、パシッとでも音がしそうな勢いで顔を上げた。
*セロっ
チェロの弓を放り投げて、少女に抱かれていた美しいアンバー色の猫を抱き上げた。
*ありがとうっ
涙目で、少女に礼を言う。さっきまでの寡黙なイメェジはドコへやらだ。
*よかった。チェロ弾きさんの猫君だったんですね
そう言って柔らかに微笑む。
名乗る程のことはしていない。としきりに手を振る彼女だったが、店主の笑顔に圧され、*蒼翠璽 諷_sousuizi fooと名乗った。
セロ(もちろんチェロが名の由来だ)は店主の手で美しく磨かれ、特上(=セロの好物)のハマチの刺身がたっぷり振舞われた。これでスマートな体形を維持しているのだからすごい。
ひとつ楽譜をプレゼントすると言われ、蒼翠璽嬢は歌曲の楽譜を見比べている。
暫くして、なんとなく彼女に合わぬ様な合う様な熱情的な愛の歌の楽譜をカウンター代わりの椅子に置いた。
コインを数えて渡すと、後ろにいたお客様を気にしながら店主はそれを上手く楽譜のファイルの間に挾んで返した。
躊躇する少女に無言で笑顔を向けると、彼は次の御客様の対応に移る。アンティークの価値があるのではないかという、細工の細かな燻したような金色のレジが鳴った。
少女は振り向き様に、セロが瞬きをした様な気がした。
*le rideau est descendu*―閉幕
※フランス語翻訳では、ワールドリンゴ様の機械翻訳にお世話になりました。
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